個人的な感想です。

マンガ・アニメの感想を書いていきます。『進撃の巨人』『ぼくらのへんたい』『ランドリオール』など。

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『スカイ・クロラ』を見て思ったこと。(3)そのときそのときの時代の空気に敏感であること。

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その(2)からの続きです!

死んだ戦闘機乗りが再び別の名になって甦り、再び戦闘機パイロットとして帰ってくる、という設定はウィキペディアなどを読むと押井守さんの創作のようです。あのラストは衝撃的だなと思いますし、「スカイ・クロラ」シリーズ世界全体をまとめたわけではない押井さんのアニメが一つの完結性、閉じた輪を持つために追加されたのだと思いますし、上手く原作を切り取って、一つの世界を作り上げたなあと思います。

でも見えないところに二人の創作の整合性のきしみはあるわけで、そのあたりもまた実は隠れた見どころなのかもしれないとも思いました。

ところで戦後の若者の不老幻想・不死幻想のようなものが何に起因するのかと考えてみると、本当にいつ死ぬか分からなかった戦中派の人々が何度も繰り返す「今はいい時代になった」という言葉を聞いているうちに、「彼らは幸運にも生き残ったが、当時の多くの若者は死んでしまった。ではなぜ自分たちは死なないで生きてるんだろう?」という問いを繰り返されているような気になってしまったのではないかという気がします。極端にいえば戦死者の無念の思い、記憶の残照のようなものが我々の世代の観念に照射されたのではないかということを思いました。

森博嗣さんの作品の一つの特徴は、文科系的な世界観・宗教観、哲学観のようなものに全然影響を受けていないということだと思います。そういうものから自由なのです。

森さんには、時代の空気・世代の空気というものに対する敏感な記憶というものが大きいのではないかと思います。その時その時を感じ取る力。子どもとして呼吸し、若者として呼吸し、大人として呼吸したその時代時代の空気というものを軽々と取り出すことが出来るのです。

文化系的な「解釈」とか「ラべリング」をほとんど必要としていなあと思います。下手をすればすごく薄っぺらくなることもあると思いますが、ある種の強いパッションのようなものが彼の中にはあり、それがその危険を防いでいるように思います。

小説を書くスタンスというのはその両足、時代と伝統とにどう軸足を置いてどう表現に挑むかということにあるのかも知れないなあ、と思いました。

長々と書いてきましたが、お付き合いいただいて、ありがとうございました!
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