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スタジオジブリの新作映画、米林宏昌監督の『思い出のマーニー』を見ました!とてもよい映画でした!


アニメージュ 2014年 08月号アニメージュ 2014年 08月号
(2014/07/10)
アニメージュ編集部

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スタジオジブリの新作映画、米林宏昌監督の『思い出のマーニー』を見ました!

7月末から公開になっていた映画『思い出のマーニー』。昨日ようやく見に行くことが出来ました。とてもよい映画でした。

以下、内容についても触れていますので、気になる方はご注意ください。ただ、物語の最後の種明かしについては書いていませんので、それを知りたい方もどうぞあしからず。

舞台は北海道。理由あって「おばさん」=頼子の家で育てられている中学生の少女・杏奈。周りに打ち解けられないかたくなな性格で、学校でもひとりぼっち。また、からだが弱くときどきぜんそくの発作を起こしてしまいます。繊細で、絵が上手なのですが、周りに心の中を打ち明けることが出来ません。先生にスケッチした絵を見せろと言われて勇気を出して見せようとしたのに別のことが起こってそのままになったり、「この世の目に見えない魔法の輪」からはじき出されて、「外側」にいる、と思っています。そんな杏奈を「おばさん」はとても心配しているのですが、それすらも杏奈は「本当の気持ちじゃない、鬱陶しいだけ」と思っています。

そんな少女の杏奈が転地療養のために道東の海辺の湿地のある入り江の村の親戚に預けられることになります。特急が道東の広い景色の中を進んでいき、ローカル線の小さな駅で降りて広がる風景が素晴らしいです。その風景の広がりと、沈んだ杏奈の表情の対比が、杏奈の心の暗さをよく表していると思います。

私はこの作品は途中まで原作で読んでいたので、つい原作ではこうだった、というようなことを考えてしまったのですが、原作ではロンドンに住んでいる少女アンナが海辺の街に転地することになっているのですね。特に絵が上手いということもないので、絵の中に自分の見た物を表現するという杏奈の特性は、米林監督のオリジナルということになります。

親戚の大岩夫妻は夫が作務衣姿で細工仕事をしていて、奥さんは食べるのが好きなおばさん、という感じの暖かい人たちですが、杏奈はおばさんの親切も時に鬱陶しく感じます。この大岩夫妻の家もありそうでないいい感じの家ですし、杏奈の泊まることになるもともとは彼らの娘の部屋も、すごくセンスがいい感じです。

頼子は心配性で、きちんと杏奈に報告してもらうために、何十枚もはがきを持たせていて、そういうことが杏奈の負担になるのですが、杏奈はとにかく形式的にでも通信を書いて、はがきを出しにいくくらいの律儀さはあります。郵便局に行く、というと大岩のおじさんは「駐車場の方からいけば近道があるよ」と教えてくれます。あんなは言われた通りに行くと「ちかみち」と看板が下がった草ぼうぼうの道があり、杏奈は草をかき分けて村への道を進んでいきます。

この「ちかみち」が村への道であると同時に、異界への入り口でもある、という感じが面白いなと思いました。

杏奈が小さな郵便局の前のポストではがきを入れると、大柄な少女と教育ママ的なおばさんが話をしながら歩いていて、少女が自分の方に関心を向けるのを見て杏奈はさっと道をそれ、草むらの中を入り江に降りていきます。あの「関わりたくない」という感じ、すごく良くわかります。

入り江に降りてみるとそこは湿地で、浅い海が広がっています。そしてその向こうには、古ぼけた、でも雰囲気のある洋館が建っていたのでした。杏奈は、「私あの家、見たことある」と思います。そして湿地の中を歩いて渡り、屋敷につくと家の中をのぞいたのですが、誰も住んでいません。この辺りの雄大な中にも叙情的な美しい風景が、とても上手だなと思いました。

杏奈はそこで、二階の青い窓の中に、奇麗な金髪を櫛で乱暴にとかれている、少女の幻を見ます。

気がつくと、潮が満ちてきていて、その屋敷からは帰れなくなってしまっていました。杏奈は途方に暮れます。「どうしよう…」すると、入り江の向こうからむすっとした男・十一が船をこいできて、杏奈を乗せてくれ、村まで届けてくれたのでした。

ストーリーを描写していくときりがないのですが、いろいろと印象に残った場面とその印象をかいてみます。

大柄な少女・信子は図々しいボス的な感じの少女なのですが、信子もその母親のおばさんも大岩さんのところに少女が来たということに興味を抱き、何かとつついて来るのが杏奈には鬱陶しくてたまりません。大岩さんにいわれるままに信子たちと浴衣を着て村の七夕祭りに出かけたときに、杏奈の癇癪が爆発します。何かとおせっかいな、自分を面白がっているだけのくせに親切なフリをして言葉をかけてくる(それに攻撃的なものを感じるのは多分に杏奈の被害妄想も混じっているわけですが、その見方自体がそんなに間違っているわけでもない、大人ならそれを適当にあしらえるけれども子供だからそのあしらい方が分からないということなのですが)信子に対し、「太っちょ豚!」と言ってしまいます。すると信子は「どうしてあんたがそういう顔をしているか分かった。でも「あんたはあんたのようにしかみえない」からね」と言います。

これが原作でもすごく印象に残るセリフなのですが、「あんたはあんたのようにしか見えない」。自分が嫌いな少女には、すごく刺さるセリフですね。そしてこの場面で信子が杏奈の目を覗き込み、「目がとてもきれい(=外人みたい)」というのが、あとでの伏線にもなってるんだなと思いました。

杏奈はあの入り江に走っていくと、そこにはボートがありました。杏奈はそれに乗り、慣れない手つきで「湿めっ地屋敷」に向かってこいでいくと、中から金髪の少女が走り出てきて、ボートを止め、ロープをもやってくれます。それがマーニーでした。

マーニーはすごくファンタジックな存在なのですが、すごく肉感的な(と言ってもなんというか育ちのいい、活発で、上品な少女の)存在感があります。なんというか、アップになって上からこちらを見ている場面では、本当に少女の匂いまで感じられるように思い、すごくボーっとするような感じがありました。

そんなマーニーと一緒の時間を過ごした杏奈は、少しずつ心を開いて、笑顔さえ出てきます。杏奈とマーニーは、お互いにお互いのことを秘密にする、と約束します。

マーニーの出て来る場面は本当にどれも美しく、入り江の中で二人でボートに乗ってその向こうに月が映っている場面もそうですし、この入り江や草原の風景のひろびろとした感じは、やはり映画館で見る映画でしか感じられないものだなとしみじみと思いました。

一緒に時間を過ごす中で、マーニーは杏奈に「今まであったどんな女の子より好き」といい、杏奈は「今までにあった誰よりも好き」と言います。

あるとき、湿っ地屋敷に行くと工事が始まっていて、新しい住人がすみ始めていました。そこで出くわしたまんまるな赤いメガネをかけた少女・彩香(さやか)は、杏奈のことを「マーニー」だと勘違いします。「マーニーじゃない」という杏奈に首を傾げながら、自分の部屋=マーニーの部屋に杏奈を招き入れ、マーニーの日記を見せてくれるのでした。それはとてもぼろぼろになっていて、途中から破られていたのでした。

とても印象に残ったのはサイロの場面。これは活発な明るい上品な、つまりなんでも持っているように見える(それに対して杏奈は軽い嫉妬の気持ちを持っています)マーニーの恐怖の象徴でした。この暗いサイロに無理矢理連れて行かれるという意地悪を「ねえや」たちにされたことを聞いて腹を立てた杏奈は、マーニーの恐怖を取り除いてやろうと一緒にサイロへ行くのですが、折悪しく嵐になってしまい、杏奈は恐怖に震えるマーニーを一生懸命守ろうとします。しかし、なぜか幼なじみの少年・和彦が迎えにきてマーニーを連れて行ってしまい、杏奈は一人になってしまいます。このサイロの中の嵐の中の暗い恐ろしい感じは、すごく印象に残りました。マーニーの心の中に抱えていた暗い部分、両親に放っておかれ使用人であるばあやとねえやにいじめられていたこと、がすごく象徴的に表現されていたと思います。

一方、破られた日記の切れ端をみつけた彩香はそこにサイロの記述があるのを読んで杏奈がそこにいるのではないかと思い、兄と探しにいって、倒れている杏奈を発見します。杏奈はひどい熱を出して寝込んでしまいます。

そして最も印象に残ったのはマーニーと杏奈の別れの場面ですね。

杏奈はマーニーに「マーニー!どうして私を置いていってしまったの?どうして私を裏切ったの!?」と叫びます。マーニーは杏奈に「杏奈…… 私あなたにさよならしなければならないの。だからねえ杏奈、お願い。許してくれるって言って…」と言います。マーニーと杏奈の出会いはある種の幻想、というかむしろスピリチュアルとでもいうべき出来事なので、マーニーが自分を守ろうとした杏奈よりも自分を連れ出してくれる和彦を取った、というのもある種の幻想なのですが、これはパンフレットを読んでなるほどと思ったのですがマーニーの生きていた時代には「結婚」というかたちでしか湿っ地屋敷を出て行く手段がなかった、ということの比喩であるようです。

でも、杏奈の論理からいえば、それはもちろん、許せない、一方的な、自分をないがしろにする行為に違いありません。しかし杏奈はいいます。「もちろんよ!許してあげる!あなたが好きよ!マーニー!決してあなたを忘れないわ!ずっと忘れないわ!永久に!」と。

杏奈はマーニーを許してしまいます。なぜか。好きだからです。愛してしまったからです。そこで初めて、杏奈は自分の肯定的な感情をストレートに相手にぶつけることが出来たのです。どんなにひどい(ひどく見える)裏切りでも、愛しているから許すことが出来る。そんなことが人にはあるんだ。それを知ったことが、杏奈の大きな成長だったわけですね。

物語の種明かしは映画の終盤に、湿っ地屋敷の絵を描いている上品な老いた女性、久子によって語られますが、この点についてはぜひ映画を見ていただきたいと思います。私は原作を読みましたが途中まで、杏奈とマーニーが出会って秘密の時間を過ごし始めるところまでしか読んでいなかったので、結末はかなり意外でした。でも映画に集中して見ているとある時点でけっこう察することが出来るかもしれません。

また、杏奈がそんなにもかたくなであった理由も語られるのですが、この理由は多分人によって感じ方が違うだろうなとは思いました。分かることは分かるのですが、そのあたりは特に「思春期」というものをその人がどれだけ心の中に持っているか、ということに関わって来るのかもしれません。まさに思春期にある中学生の人たちに取っては、痛いほど分かるかもしれませんね。

最後は杏奈は元気になって、札幌に帰っていきます。かたくなな部分が解放され、自由な感性が解き放たれた杏奈。頼子をお母さんと呼ぶことも、信子に謝ることさえも出来るようになります。「友達?」と聞かれても「どうだろうね」くらいにいえる「強さ」のようなものも身につけていて、それはそれで成長なんだよな、と思います。

ラストシーンで、仲良くなったのか彩香がちゃっかりと十一の舟に乗っていて、札幌に帰っていく杏奈に二人で手を振っているのがなんかおかしかったです。

細かい場面で書くべきことは本当に沢山あるのですが、またそのあたりは機会を改めて書ければと思います。

本当に美しい映画でした。宮崎監督が長編を引退しての第一作ということで、スタジオジブリ自体でもすごく力が入った作品だったのだろうなと思います。宮崎監督の作品にある、ある種の「えぐさ」のようなものはないのですが、すごく上品で上質で、ジブリの「遺産」のようなものは十分温存されているように感じました。

子供に見せたい、本当に成長の糧になるような、そして映像的にも酔うことの出来る、質の高いアニメというものの必要性というのは、これからも変わらないと思います。米林監督やスタジオジブリは、そういう作品を作っていく、十分な力を持っていると思いますし、これからもこういう方向で作品を作っていってくれたらいいな、と思います。もちろんどういう方向へ行くかは分からないんですけどね。

スタジオジブリの今後の活動に、これからも注目していきたいと思います!
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