個人的な感想です。

マンガ・アニメの感想を書いていきます。『進撃の巨人』『ぼくらのへんたい』『ランドリオール』など。

冨樫義博さんの「HUNTER×HUNTER」の32巻までの感想を書きます。(2)


HUNTER×HUNTER カラー版 32 (ジャンプコミックスDIGITAL)HUNTER×HUNTER カラー版 32 (ジャンプコミックスDIGITAL)
(2014/10/03)
冨樫義博

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昨日に続きまして、冨樫義博さんの「HUNTER×HUNTER」の32巻まで読んだ感想を書きたいと思います。

それから、いつもひょうひょうとしていたハンター協会の会長・ネテロが自分よりはるかに高い能力を持つキメラアントの王・メルエムと戦う場面はものすごい。悪意の熱量とも言うべきものには凄まじい物がありました。28巻298話「薔薇」のネテロのメルエムへのセリフ、「蟻の王メルエム、お前さんは何にも分かっちゃいねえよ…人間の底すら無い悪意を・・・!!」という言葉と絵の凄さ。そして、「悪意」という言葉に「進化」とルビを打ってあるのです。人類に敵なしのネテロのあらゆる攻撃が効かなかったメルエムがざわっとしたのは、それが初めてのことでした。

人間の底すら無い悪意=進化。その言葉は、そのまま私たち自身に跳ね返って来ざるを得ないわけですね。

こんなものを描いていたら精神の平衡を保つのは大変だと思います。描けなくなる、精神的にぼろぼろになるのもある意味当然だと思うのですね。

そしてこういう言葉、こういう展開が、マンガを進化させてきたように思います。一番思い出されるのが、永井豪さんの「デビルマン」のラストシーン。人類を滅ぼした神の場面、とでも言いますか。それから同じ永井さんの「ハレンチ学園」の、文部省の戦車による総攻撃で殺される少女アユちゃんの「私たちはなぜ殺されるの…自由に!自由に生きようとしただけなのに!」というセリフとか、何というか総じてそれらに陶酔すること=中二病というようなセリフなのですが、それらの言葉がマンガ史に刻印されてきたと言えるのではないかと思います。

そんなネテロに対して、王道で戦い続ける蟻の王・メルエム。ネテロの最後の攻撃・薔薇(これは原爆の比喩ですね)によっても死なず、再生したメルエムですが、薔薇の毒(放射能の比喩でしょう)によって結局死ぬことになります。その場面での、蟻の王メルエムと人間の盲目の、「軍儀」というゲームの天才少女コムギが、お互いに対する真の尊敬の中で純愛に死ぬ、というのは感動せざるを得ないのですが、強烈なアイロニーでもあるわけですね。

そしてそれを見届けるパーム。パーム自身は自分の意志を保ったまま蟻にされてしまうわけですが、パームは王の死を予言して言います。「あたしたちは残酷よ。蟻と何一つ変わらない。そしてそれ以上に」カブトムシの死体にたかる蟻たちの絵、そしてそれを踏み潰す人間の足。

NGLの人間たちやそれが変化させられた蟻たちのエピソードも、ひとつひとつが感動的なのですが、それは置いておくとしても、最後の時をコムギと軍儀を打って迎えたい、という王の願いが叶う、30巻の317話「返答」と318話「遺言」はこれ以上ない鎮魂だと思いました。

そして、これは言われているかどうかは分からないのですが、この作品の大きな特徴だと思ったのが、巨大な素質と成長力を持った主人公のゴン。ゴンは自らの力を遥かに越える敵、ネフェルピトーと戦うために強制的に自分を成長させ、大人になってピトーを倒し、その反動で乾涸びた身体になってしまった。ネットで読んでいるとこの展開に反感を持った人が多かったようなのですが、私は面白かったです。

つまりここで描かれているのは、「成長の魔」みたいなものなんですね。

生きるために戦うために、子供のまま大人になってしまった少年の苦しみ。それはキルアもまたそうではありますし、いわゆる「アダルトチルドレン」というのはそういうものなのですが、ゴンは精神的な部分だけでなく、肉体的にも強制的に自分を成長させてしまう。中国の古典「孟子」に出てくる「助長」の話のように、強制的に不自然な成長をさせるということは当然死を招くわけです。

現代社会において「成長」というのは基本的に「いいこと」だと思われているわけですが、でも本当にそうだろうか?そういう根本的な疑問がここで提示されているように思います。こういう疑問の提示の仕方がただ話を混乱させるだけだと嫌がられることも多いわけで、それはまた「会長選挙編」に出てくるパリストンの人格に反映させられている(もうここまで来ると冨樫さんという人は恐ろしいとしか言いようがありませんが)のですけれども、実際「不自然」な成長は限りなく害のあることだ、というのは私も同意します。ですから、そういう「成長の魔」を描いているということが、この作品の大きな特徴だと思うのです。

それが、この作品を読んでの最大の「発見」だったように思います。

話は変わりますが、同じ「少年ジャンプ」の同じく人気作品である「ワンピース」も、当初は成長物語的な要素が強かったのですが、だんだん純粋なエンタテインメントになってきて、アラバスタ編までは面白かった、という人が多いのですが、その辺りが物足りない人には物足りないのだろうな、と思います。

でも、じつは「One Piece」も「闇」を描いていることには変わりないのですね。魚人島編では人種差別を、パンクハザード編では麻薬問題を取り上げているとしか思えないのですが、そのような形の「社会問題」としてこうした闇が取り上げられています。ですからその取り上げ方は、自分の中の闇を探求するというより、社会にある悪を告発する、という啓蒙的な作品になっている部分があります。そこも物足りない人には物足りないのだと思います。

でも「HUNTER×HUNTER」ではそういう取り上げ方ではない。まさに自分の中にある闇と対峙しながら、時には果てしなく傷つきながら、描いているように思います。

しかしだからこそ、「One Piece」は休載が少ないでやれる、ということもあるのだと思います。もちろん尾田栄一郎さんの超人的な才能と仕事量に支えられてこそそれが可能なわけですが。どちらがいいとは一概にいえないのですが、「HUNTER×HUNTER」は少年マンガでありながら、人間が人間であることの存在の意味みたいなものまで問い直して来る作品なので、作者がものすごく大変であることだけは認めないといけないことだ、と思ったのでした。

また、読んでいないところを読む機会ができましたら、続きの感想を書きたいと思います。
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