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さいとうちほさんの『とりかえ・ばや』第7巻を読みました!さらに面白くなってきました!

とりかえ・ばや 7 (フラワーコミックスアルファ)
さいとうちほ
小学館


さいとうちほさんの『とりかえ・ばや』第7巻を読みました!

日本の古典、平安時代末の源平合戦の頃に書かれた『とりかへばや物語』をベースにしたさいとうちほさんの作品、『とりかえ・ばや』ももう7巻。この作品も、女なのに男として宮中に出仕し、右大将にまで出世した沙羅双樹の右大将が親友・石蕗の権中納言に迫られて妊娠し、石蕗を頼って出奔したものの流産してしまう展開の後、男なのに女として女東宮に出仕していた睡蓮の尚侍は男として沙羅双樹を探しに行き、沙羅双樹が身を投げようとする寸前に見つけ出し、すんでのところで思いとどまらせた、というところまでが6巻の展開でした。

今回は、まず沙羅双樹に仕えて匿っていた乳母・あぐりのもとに男装の睡蓮、女装の沙羅双樹が現れます。そして「吉野の宮」のところへ行ってこの先のことを相談する、石蕗とは別れる、知らぬ振りをしろ、と言います。「ややがあの世に召されてしまった以上、石蕗と一緒にいる意味は無い。石蕗の人生から出来るだけきれいさっぱりいなくなってしまいたい。石蕗が神隠しかと思い込むほどに。宇治での日々は夢幻だったかと怪しむ程に」と。

あぐりは「姫さま容赦のない」といいながら「めでたし・・・」と言ってています。あぐりもすっかり喜んで、協力するというのでした。

まあこれは仕方ないですよね。

ただこの辺、男として生きてきた沙羅双樹には男としての事情もわかるだけに、単純には「女の恨み」でないところが深みがあるなと思います。あぐりやその子供たちの方は「姫さまにヒドい目に合わせたヤツ、キー!いい気味だ、鬱憤が晴れる」とシンプルに喜べるわけですが、沙羅自身には結構複雑な心境もある。それは、男と偽って出仕し、結果的に石蕗を騙してしまった、という自分自身の罪の意識があるから、ということもあるのでしょうね。

吉野を訪れた二人は、吉野の宮に「これからどうしたいのか」と問われ、二人とも出家したい、と言います。沙羅は現世のしがらみを断ち切りたい、睡蓮は男として生きることは自分には無理だ、と言って。吉野の宮はため息をつきながら、「今しばらく二人で話し合いながら考えを深めるが良い」というのでした。

そして二人の会話。石蕗と別れるのか、と睡蓮に問われた沙羅は、友人としては面白いが夫としては最低だ、と言います。沙羅は、男の立場しか知らず、女の側の辛さがよくわからなかった、と言います。梅壷の女御の嫉妬をバカバカしいと思っていたが、自分が石蕗の来るのを待つしか無い立場におかれて四の姫(形式上沙羅の妻)に嫉妬し、自分の中の満たされない不満が突き上げてきた、というのです。

石蕗の移り気な愛情だけを頼りに生きていかなくてはならない、そういう将来と自分に嫌気がさしていつの間にか水の中に入っていた、と沙羅は言うのです。・・・というか、平安時代の貴族の女性って、右大将道綱母とかもそうですが、皆そういう感じでしたよね。そういう「女の生き方」を否定する記述が原作にもあったとしたら、それはやはり武士の時代になってそういう女性のあり方も変わってきたことを示しているのではないかなあ、と言うことを思いました。

睡蓮も沙羅も、このまま性を偽って女東宮、あるいは主上に仕えていてももう無理だ、ということは自覚している。運命に逆らうのももう限界だ、と。しかしそれならばどうすれば良いのか。

そんなことを二人が考えているある日、帝が吉野の宮に行幸になります。帝は従兄弟に当たる吉野の宮を訪ねてきたのです。帝の心配は、自分の治世に心配事が多い、特に左大臣(睡蓮と沙羅の父)が子供たちのことで気を病んで国政もままならぬ、といい、陰で聞いていた二人は「どうしよう」と思います。

帝は、吉野の宮に宮中に復帰して自分を補佐してほしい、というのです。突然の話に拒絶する吉野の宮でしたが帝はさらに迫ったため、吉野の宮は自分が宮中を追われた理由を話します。吉野の宮は、帝の兄・朱雀院(上皇)の位と后を奪おうとした、と告白します。われこそが天下を乱す大天狗であるのだと。

これは当時、源頼朝が後白河院のことを「大天狗」と読んでいたことを彷彿とさせますね。まあ、吉野の宮は世をはばかって隠遁したわけですが、後白河院はそれどころではないですけどね。このあたり、白河上皇が孫の鳥羽天皇の女御である待賢門院藤原璋子と通じ崇徳天皇が生まれた、と言われている話などを思い出します。

東宮は吉野の宮の子なのか、と帝に問われ、吉野の宮は、朱雀院は皇后(地位の名として正確なのでしょうか)と自分を許してくれたし、女東宮が吉野の宮の子と言うことは決して無い、と断言します。そして東宮のためにも自分は表に出てなならない、というのでした。

そこで帝は納得して引き上げるのですが、吉野の宮は「じき関白左大臣も復活し、何より大君の真の助けとなる人物が現れます」と帝を励ますのでした。

これは睡蓮と沙羅のことを指しているのでしょうね。吉野の宮は何か見えていることがあるのでしょうか。

二人は、帝と吉野の宮の話を聞き、帝のために、東宮のために役に立ちたい、と思います。自分のためだけに世を捨てるより、誰かの役に立てる身体なら、懸命に使うべきではないのか?と決意するのですね。そして、睡蓮は沙羅双樹の右大将として、沙羅は睡蓮の尚侍として、完全に立場を取り替え、宮中に帰ることを決意するのでした。

これはわくわくしますね!

しかし、立場を取り替えるというのはそんなに簡単なことではない。睡蓮は男らしいことが、沙羅双樹は女らしいことが苦手だったからこんなことになってしまったわけだから、今更大人になって本来の性で必要とされる能力を身につけるということは並大抵のことではありません。睡蓮も沙羅も、お互いに成り代わるために沙羅は慣れない琴に取り組み、睡蓮は滝行をしたりします。

そんな苦労をする中、睡蓮は東宮に当てた歌「あはれとも君しのばめやつねならず浮世の中はあらずなりなば」という歌を書いてみせ、そして東宮からの返し、「君だにもあらずなりなば世の中にとどまるまじき我が身とも知れ」と熱い想いの歌を見せます。そして、敵の多い東宮さまをしっかりお守りしてほしい、そのために身を取り替える決意をした、と言います。沙羅は、「そんなに思うことが出来て羨ましい、東宮さまは私が必ずお守りするよ」と答えるのでした。そしてそれを聞いた吉野の宮も、東宮を守るために天の使いのごとき二人を遣わしてくれたと神に感謝するのでした。

この辺のところ、凄くいいですね。私はこの「とりかえ・ばや」の中でも女東宮と言うキャラクターが一番気に入っているのですが、それだけになんとか睡蓮と想いを遂げられないかなあとちょっと願望があったりするんですけどね。

しかしそんな女東宮への想いにも関わらず、宮中では、右大臣が三の姫を東宮の尚侍にしようとして断られ、管を巻いているのを見て、反東宮派が式部卿宮を東宮に立てようと策謀をめぐらします。そしてスキャンダルを起こして東宮を失脚させようと、女東宮の寝所に、男を忍び込ませたのでした。

女東宮は震え上がり、大騒動になります。そして尚侍がいないためだ、ということになって三の姫が東宮に出仕し、東宮に仕える女房たちも多くは追い出されてしまったのでした。

一方二人はなんとか相手の仕事を務められる目処がついたのか、吉野を離れ、都に戻ることになります。都に戻った二人は立場を取り替えて再び出仕することを父の左大臣とそれぞれの母に告げ、かたがた喜びあいます。髪の短い沙羅は睡蓮が元服の際に切った髪をかもじにして、美しく長い髪になり、左大臣邸ではこの上ない喜びに満ちあふれるのでした。この喜びの場面は、今まで苦労の多かった左大臣邸であるだけに、本当にほっとする感じがします。

一方右大臣の方も沙羅と睡蓮の帰りを知ります。そして、そのこともあるのでしょう、勘当していた四の姫の元を訪れ、許すと言います。全てが順調に回り出したかに見えましたが、沙羅双樹と睡蓮帰還の知らせは石蕗の元にも届き、沙羅双樹を失って身も世も無く嘆いていた石蕗は、なんとか沙羅に謝ろうと考えます。

ここまでは、睡蓮が男であることがバレないように、沙羅双樹が女であることがバレないように、というのがサスペンスで来たわけですが、ここからは「入れ替わったことがバレないように」というのがサスペンスになるわけですね。もともとこの原作を知ったときは、入れ替わった後の方がむしろ大変だろうなと思っていたのですが、あらすじを読んでもその後のことが大変だ、というような記述がないので、どんな展開なのかなと思っていました。しかしやはり入れ替わりがバレないようにするというのは大変なわけで、やはりなあと思いつつ、話を上手くつくっているなあと改めて思いました。

どうしたら回りに不信感を持たずにすませるか、と考えながら宮中に出仕してきた沙羅双樹(実は睡蓮)に、何も知らない石蕗が迫ってきて、また友人に戻ってくれとか勝手なことを言います。睡蓮は「沙羅をヒドい目に合わせたヤツ!みたいな感じでかっとなって、石蕗を蹴り倒してしまい、宮中で噂になってしまいます。

まあどんなに酷いことをされても男として出仕していた沙羅だったら相手の立場を慮るだろうと思われるわけですが、逆にそういうことが欠けている睡蓮はそういう突発的な行動に出、かえって男らしいと思われたりするのも可笑しいですね。

一方帝は出仕してきた沙羅双樹に失踪の理由を聞かず、一首歌をしたためます。「雲の上も闇に暮れたる心地して光も見えず辿りあいつる」と、お前がいなくなって宮中が暗くなってしまったよ、という意味の歌ですが、沙羅双樹(実は睡蓮)はその返歌に「自分が沙羅ならどう思うだろうか」と考え、「月の住む雲の上のみ恋しくて谷には影も隠しやられず」と宮中に戻った心境を述べます。

この歌のやり取りは本当に美しいです。この場面はこの巻で一番心が震える感じがしました。

帝は沙羅の事情を察し、深く追求せずに丸く収めたのですね。それを聞いた沙羅は石蕗はばつが悪くてしばらく出仕出来ないだろうな、と思います。沙羅にはそういうことはわかるわけですね。

一方尚侍として東宮に出仕することになった睡蓮(実は沙羅双樹)は梨壷(後朱雀天皇以降は東宮御所になっていたようです)で新たに尚侍になった右大臣家の三の姫の行列と出くわします。ここも「新たなライバル出現!」という感じで面白いです。少女マンガの王道ですね。(笑)

にらみ合いになってしまってどうしたらいいかわからない睡蓮(沙羅)に対し、三の姫はさっと正座してどうぞ先にお通りください、と言います。三の姫は沙羅の妻であった四の姫の姉だ、と言うことに気づいた沙羅は道を譲ると、では遠慮なく、と通られてしまって、沙羅は「この姫あなどりがたし」と思います。ここはすごく可笑しいです。

しかし東宮は誰とも会いたくない、と二人を拒否します。事情を知らなかった睡蓮(沙羅)は三の姫に東宮が狼藉者に襲われ、古くから仕えたものたちが暇を出されたということを聞かされ、再度東宮に会うことを願い、寝所に入れてもらいますが、東宮は睡蓮が女である(東宮は睡蓮が本当は男であることを知っていました)ため入れ替わっていることに気がつき、追い出してしまいます。

そのころ、都の空を凶星「天津狐」が襲います。これは流星とあるけれども彗星でしょう。この星が現れたことが女東宮のことを天が良く思ってない証拠だという噂を聞いた睡蓮はそれを吉野の宮に伝え、吉野の宮は東宮を守るために知っていることを睡蓮に伝えます。

睡蓮と沙羅双樹は図って東宮に大極殿で写経するように申し出、その際に睡蓮(沙羅に扮している)は東宮との再会を果たします。それが睡蓮であることに気づいた東宮は沙羅(睡蓮に扮している)に「表をとりかえたのか?」とたずね、「は」という返事に「興あり」と満面の笑みを浮かべるのでした。

ここの女東宮はかわいいですね!やはり私は女東宮推しだなと改めて思いました。(笑)

東宮が大極殿で写経をすると、そのあとうそのように彗星は出なくなり、東宮の写経の力が奇跡を起こしたと噂になります。本当は吉野の宮に教えられ、彗星がいなくなることを睡蓮たちは知っていたわけですが。その功を称えようと東宮を尋ねた帝に対し、睡蓮は吉野の宮からの便りを見せ、帝も東宮を守ろう、と約束するのでした。

その後、宮中で貴族たちの舞いを見た際、女東宮はその舞人たちの中に自分を襲ったものがいることに気づきます。沙羅は睡蓮に相談し、睡蓮(沙羅に扮している)は橘式部大夫(沙羅の友人)に舞人たちを調べるように依頼します。一方沙羅(睡蓮に扮している)は三の姫に相談していると、睡蓮から狼藉者と思われるものの衣が届けられ、それを東宮にかいでもらって確かめようということになります。ところがそこに狼藉者が現れ、衣を奪い返そうとします。

睡蓮(沙羅)が蹴倒されてしまうと、三の姫はバッと打ち掛けを脱ぎ捨て、裾をつかむと庭に飛び降り、狼藉者を追いかけます。これは右大臣の姫のやることではないですよね。(笑)そして狼藉者の裾をつかんで引き倒したところに睡蓮(沙羅)がおいつき、狼藉者の顔を踏みつけにします。これも左大臣の姫のやることではないですよね。(笑)

二人の尚侍のお手柄で東宮御所はお祝いムード。その中で三の姫と話をした睡蓮(実は沙羅)は、三の姫が宇治の山奥で猿のように育った、ということを知ります。打ち解ける二人ですが、三の姫は、東宮さまを大切に思うなら、今の地位から解いてあげないといけない、と言います。そうですね。女東宮、あるいは女帝ということになると、一生結婚することも出来ない立場であるわけですから。

そのためには帝に子が生まれなければならない、そのために、自分は女御として入内し、帝の御子を生む、という三の姫。睡蓮(沙羅)はそれに賛成しながら、自分のもやもやした気持ちに気がつくのでした。

ここまでで7巻は終わりです。

とても面白かったです。

この巻を通しての感想としては、何というか、話が貴族好みというよりは武家好みなんじゃないか、という気がした、ということですね。特に三の姫の活躍は、大河ドラマ「平清盛」で杏さんが演じた北条政子の幼い頃みたいな感じを彷彿とさせました。みやびな物語の世界にも、そういう外界の変化が反映されているんだろうなあと思ったわけです。

もともとこの話は、男であること、女であることという運命に抗して本来の自分として生きることを目指すという話なわけですよね。しかしあらがいがたい運命の中でそれぞれが自分に取って本当に大切なものを見つけ、そしてそのために立場を取り替えて運命を受け入れて行くように頑張る、という展開になっているわけです。その辺りにすごく現代性があるように感じます。

それぞれが違う人格を生きることによって自己実現して行く、というのは実にメタな展開で、心理学者の河合隼雄さんがよく講演などで取り上げていましたが、大変面白い。性別の入れ替えというのはありそうな話なのですが、人間を入れ替えたのがバレないようにする、という展開がこんなに面白いとは思いませんでした。

話はそろそろ大詰めになってくるかと思いますが、8巻も楽しみにしたいと思うのでした!
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