個人的な感想です。

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コミックリュウ2月号でふみふみこさんの「ぼくらのへんたい」第41回(最終回)を読みました!

コミックリュウ2月号でふみふみこさんの「ぼくらのへんたい」第41回(最終回)を読みました!

月刊COMICリュウ 2016年 02 月号 [雑誌]
徳間書店


ぼくらのへんたい 9 (リュウコミックス)
ふみふみこ
徳間書店


コミックリュウの復刊第1号、2012年5月号(3月19日発売)から連載がはじまったふみふみこさんの「ぼくらのへんたい」、ついに最終回を迎えることになりました。同じ号から連載が始まった睦月ムンクさんの「陰陽師・滝夜叉姫」も同時に最終回を迎え、ひとしお感慨深いものがあります。

私がコミックリュウを読み始めたのは地元の書店で買ったアサミ・マートさんの「木造迷宮」がきっかけです。まだ休刊前でしたが、ふみふみこさんは当時「女の穴」に収録された読み切りを描かれていました。復刊した後は第一号から読んでいるのですが、その第1号に掲載された「ぼくらのへんたい」に凄くハマってしまい、最終回までずっと読み続けてしまいました。

今思うと連載がはじまったのは、東日本大震災からちょうど1年たった頃でした。まだそう言う意味で世の中もざわついていた感じがします。個人的にも、私の父が亡くなって三回忌を済ませ、父の遺した原稿を整理して本を作り、ようやく形になった頃で、自分の中でもあるエポックがある時期でした。そして今年七回忌を済ませて、「ぼくらのへんたい」も連載が終わる。そのほかにも個人的なことがいろいろあって、自分が生きて行く時に並行して連載された作品として、深い思い出が残ることになりました。

今年の末は自分が読んで来た作品がいくつも最終回を迎え、本当に2015年という年は自分の中で何かが終わった年になる感じがします。特に弐瓶勉さんの「シドニアの騎士」と一色まことさんの「ピアノの森」が最終回を迎えたことは、自分の中でも大きいことでしたが、「ぼくらのへんたい」は期間は短かったですけれども、自分の中の何かを刺激する、とても思い出に残る作品でした。

連載のはじまった頃はまだ「男の娘」という言葉も一般的ではなかったですし、中学生男子3人がそれぞれの事情を持って女装して集まる、という発想は斬新だったと思います。(たまたま復刊第一号が手元にあったので読み直してみましたが、3人が出会ったサイトは「男の娘コミュニケーションサイト・Peach」だったのですね。当時、自分が「男の娘」という言葉を知らなかったので印象に残っていませんでしたが、もう使われてはいたのですね)

当時はやはり「まりか」が可愛い、という印象が強く、現実の「裕太」とのギャップからお姫さまの世界に逃避していて、その心性が印象に残っていました。でも、それだけではなく絵の描写が素晴らしく、連載第1話の15ページ目、現実の公園通りを魚眼レンズ的に描写した背景に立つまりかが一瞬にして花吹雪の中にいる、というようなファンタジックな描写が凄く好きでした。

ユイ=亮介の描写にしても、パロウ=修の描写にしても、最初の頃はファンタジックな描写が多く、1年経ってそれぞれが進級した頃、まりかがぱろうに「ふられて」毎日泣いていた頃から、凄くリアルな感じになって来て、作品の性質の変化を強く感じましたが、普通だったらそこでいやになってもおかしくないのですけれども、そのリアルな世界に有無をもいわさず引き込まされてしまう、その頃から本格的にもっとハマって行ったように思います。

随分長く生きてきましたが、人間というものは、というか自分という人間は、いつまでたっても大人にならない部分があり、よくいえば感性的、悪くいえば未熟であり続けてしまうところがあって、描かれている中学生男子の葛藤にそこまで心が揺さぶられるというのもどうかと思う部分もありつつも、その時そのときの苦しく、でも甘美でもある展開が、じかに自分の心に刺さって、我を忘れてしまう、そんな作品でした。

今回=最終回はいわば全体のコーダとも言うべき部分で、ひとりひとりの「未来」が語られて行きます。前回の展開から、今回は多分後日譚になるだろうと思ってはいましたが、舞台は三年後になっていました。

以下、内容に触れつつ感想を述べます。出来ればコミックリュウ本誌をお読みの上、読んでいただけると幸いです。同じような感想を持って共感していただくのも嬉しいですし、もしなるほどそうか、意外な見方もあるんだな、と思っていただければ、それも嬉しいです。

今回の舞台は三年後。いきなり、「東京都立南成高校卒業式」とあります。第38回だからけっこう新設校ですね。(ついもと都立高校教員の私としてはつっこんでしまいますが)まりかたちが進学で悩んでいたのは北上高校(私立の男子の進学校)と南成高校(共学校)でしたが、都立だとは思っていなかったのでちょっとウケました。(個人的すぎてすみません)めくると見開きの扉。#41最終話「そしてこれからも」とあります。お花畑の中で手をつなぐ、ニコニコしているけれどもこれは明らかにそれぞれ中学生のぱろう、まりか、ユイの絵。現実のストーリーの中にはこういう場面はある訳ではないのだけど、この種の描写が毎回必ずあることも、この作品の魅力だなあ、と思います。

そしてめくると、高校生になった舞ちゃん。ナベさんの妹のモモちゃんと二人。舞ちゃんは「青木先輩」に「告白する」と言ってます。舞ちゃん、優等生だからもっと進学校に行くかと思ってたけど、調理部の先輩を追いかけて同じ高校に進学したんですね。「でも青木先輩って」というモモちゃんに舞ちゃんは、「わかってるよ。でも今日しなかったら一生後悔するもの」と言ってます。まあ舞ちゃん、中学の入学式で裕太=まりかにであってから、ずっと思い続けてたんですからね。「今日いわなかったら」。卒業式ではある光景ですよね。

ページをめくると、18歳のまりか。う、う、まぶしい。(笑)あかねより随分背が高い。あかねも塾に通ってたのに、結局まりかと同じ高校に進学したんですね。まりかも脚が何となく逞しく、男の身体っぽいところをちゃんと描いているところが、この作品の好きなところです。舞ちゃんまた在校生代表の言葉を述べたんですね。中一からずっとそういうことやってるんですね。(笑)

舞ちゃん、まりかに「お話が」と言おうとしますが、そこに女子生徒にたかられてるアリにたかられてるカブトムシ状態のともちが。せめて第にボタンだけ下さいという女生徒たちにともちは好きなだけとれば良いじゃん、とか無責任なことを言って、取り合いになっています。「大変だありゃ」というあかねに舞ちゃんは「あんなのちょっと頭が良くて身長があったら何でも良いんですよ!」とぷんすか。「トモ先輩もトモ先輩ですよ」と「フン」という顔をしている舞ちゃんが以外とツボでした。(笑)

「どうなの裕太、心配なんないの」とヒジでまりかをつつくあかね。うーん、やっぱり「つきあってる」んだろうなあ、ともちとまりか。まあそれみると舞がプンスカするのもちょっとわかります。「私が心配することじゃないしなあ」というまりか。そうなの?と思いますが、そんなまりかに後ろから抱きつくともち。ちょっとともち引っ付き過ぎ、とか言ってるまりかに話しかけようとする舞ですが、今度はそこにあのまりかに中学時代辛く当たっていた白河くんが来ます。あれも実際は、「好きな子ほどいじめたくなる」的なところがあった訳ですけどね。

「大学行かねえんだってなあ」と話しかける白河くん。まりか、進学しないんですね。まりかに「社会人なんだから今度なんかおごれや」と話しかける白河くんに笑顔で「絶対やだ」と答えるまりか。二人とも笑っていますが、ともちもあかねも、「ほんと強くなったねまりか」と言ってます。「そうかもねえ」と答えるまりかの表情。で、結局泣き出す元調理部の面々。高校でも調理部だったんでしょうか。まりかの胸で泣くあかねをみて、話しかけようとする舞は、結局「ご卒業おめでとうございます」としか言えない。なんだよそれ、キュートすぎるでしょ・・・振り向くまりかの泣き笑いの顔がまた、可愛いです。

ページをめくると亮介のターン。なんと理系の大学で実験をしているよう。で、一緒にいるのはあのバスケ部の竹田先輩。ふみふみこ先生のお気に入りのキャラらしいです。(笑)まりかが事務職に就職したとか、北上高校に来てたら男の娘アイドルになれたのに、という竹田に亮介は「ずっと女として普通の仕事につくのが夢だったらしいっすよ」と答えます。メガネかけて髪を結わいて白衣でデータ見てる理系男子の亮介というのはちょっと完全に予想外でしたが、ああ、これはまた強い萌え要素が注ぎ込まれてるんだなあと改めて思いました。数学が赤点でいつもパロウに女装で教えてもらっていた亮介が東工大で実験してるっていうのもある種のギャップ萌えなんでしょうか。(笑)

で、竹田に連れ出されて行った先が青坂学院大女子たちとの居酒屋での合コン。東工大が実名なのに女子たちの大学が非実在なのは何故なのかよくわかりませんが、いや亮介よく受かったなと思います。

しかし、その場に遅れて来た三人目の女子が、なんとはっちでした。

はっちも可愛いけど美人すぎず、ちょっとふくよかな感じがあるのは中学生の頃と同じで、そこがまた単純な美人でないところが良いですね。顔を見合わせてぎょっとする二人。急用が出来た、と飛び出して行くはっちを追いかける亮介。・・・・・・えっと、何しに行くんですか?

まあそこで追いかけちゃうのが亮介なんだよね。(笑)まあその場に残ったって気になって仕方なかっただろうけどさ。(笑)

でもはっちも、追いかけて来る亮介を見て、少し顔を赤くしています。まあはっちもまあ、こういう子なんだよね。(笑)

結局夜の児童公園で、ブランコに乗って二人で話しています。(関係ないけど、最近児童公園のブランコが撤去される傾向になって、こういう使用法が出来なくなって来てますよね。関係ありませんでした)結局わりと普通に話せるようになった二人。「お母さんは?」「一緒に暮らしてるよ。今年初めて三人でねーちゃんの墓参りに行った」

・・・亮介の、母と姉を巡る話も、もちろんまりかとの岡山旅行で大体片はついていたと思いましたが、無事落ち着くところに落ち着いたみたい。そしてそのことを作中で語れる相手は、やはりはっちでないと、ということはありますよね。で、二人で飲みに行こうよ、ということになります。はっちって、こういうところはっちだな、と思います。何ていうか、あくまで自分に正直な女の子なんですよね。

で、亮介も、そう言うのに振り回され慣れていると言うか(あのねーちゃんとあのお母さんですからね)、まあそう言うのもまんざらではない感じ。まりかにふられても仲良くし、パロウに思いを告げられても受け流しつつ励まして受け止めてる、まあよくいえばそういうことなんですが悪くいえばふらふらして振り回されたりしてる亮介らしい感じで、まあ亮介の「現状」が一番よくわかりませんが、このままはっちとよりを戻したりするのもありにも見えそうで、可笑しいです。

左ページはパロウのターン。なんと「王子小劇場」で「機会の身体のボクと七人の彼女」とか言う小劇場演劇に出演しています。ノリとして学生演劇だと思いますが。一緒に出てるのは、あの高校の同級生、岩井くんでした。

で、役名がパロ姫。(おいおい)主人公ヤマトに扮する岩井に運命の出会いを主張する七人の美女、というアレな芝居で、前世での出会いを(おいおい)主張するパロの役を演じるパロウを、客席でまりかとあかねが見ています。私も学生時代は小劇場で脚本を書いたり舞台に立ったりしていましたので、何だか既視感が。(笑)まあこんなハーレムものは書いたことはありませんけどね。(そんなに女優がいなかったこともありますが)

で、打ち上げの場面で「感動した」と言われてるパロウ。文芸部の腐れ縁の岩井は、飲んだ時に聞いたパロウの過去=黒歴史をネタに当て書きで書いたのですね。忍者の役を演じた岩井の幼なじみの女の子がパロウに「彼女いるの?」と尋ねると、「彼女はいません。僕は男が好きなもので」と答えてびっくりされますが、「もしかして岩井?」といわれて二人で全力で否定するのも可笑しいです。「ずっと好きな奴がいるんだよな」という岩井。そうか、パロウはまだ亮介のことが好きなんですね。意外と一途なパロウ。でもそうか。だから忘れられなかったんですよね、パロウを傷つけた二人のことも。

パロウの回想の場面。亮介の真剣な表情を背景に、「楽しかっただろ」と話しかける岩井に「まあね」と答えるパロウ。大人になって、笑えるようになったパロウは、良いですね。

カウンターバーで飲む亮介とはっちの描写、はっちが亮介に絡んでほっぺたをつねったりしていますが、またこの二人も可笑しい。付き合わないまでも、友達に戻れるといいなと思います。まあ亮介も絡まれるに値するくらいのことはしてますしね。(笑)

まりかとともち、それにパロウの思いは大体わかるのですが、亮介の思いはハッキリとはわからん。まあそう言う奴なんだよな、と思うし、またここでひょっとはっちとよりを戻しちゃって5人くらい子どもが出来てもそれはそれで可笑しい気がします。

ラストは、その3人が3人だけでまた会うところ。亮介だけは男装です。3人のブロマイドみたいな感じの絵。いつも遅れて来るのは亮介なんですね。

「蛹が蝶になるように 固く閉じた蕾が朝 花開くように ぼくらは変化して来た そしてこれからも ぼくらはへんたいする」

・・・

・・・

・・・

終わってしまった・・・

そうこれからもずっと、変化して行く。後日譚、大人になったと言っても、まりかはまだ18の社会人1年生、亮介は19、パロウは20ですからね。この先どう生きて行くのか。でもこの三人が、今まで「傷つけあい、助け合って」、支えあって来たように、これからも三人の特別な関係は続いて行くんだろうなと思います。

ほんと、終わってしまった、という感じです。

こんな「終わった」という実感は、まあシドニアやピアノの森のこともあるのですが、1995年に阪神大震災とオウム真理教事件が起こって「進歩的文化の戦後」が終わったという印象が強く残って以来、という感じです。

まあそれはちょっと大げさかもしれませんが、あとになって多分、あの年が変化の分かれ目の年だったな、と思うような年になりそうな気がします。

それにしても終わってしまった。ともちは進学し、パロウは多分文系大学生。あかねの針路は書かれていませんでしたが、多分大学生でしょうね。南成高校、それなりの進学校のように描かれているので、いま高卒で就職するまりかは多分相当な少数派だとは思います。(まあ、商業高校で就職指導をしたこともあるのでそういうところにつっこんでしまいますが)おそらくは高卒事務職ではそんな大企業には就職出来ないと思いますし、銀行という感じでもないし、どういう会社なんでしょうね。

まりかも、タイプとしては数年勤めたら寿退職、みたいなタイプの気がしますが、まあともちと同性婚?とかまあ先のことはちょっとわかりませんし、どんなふうになるんでしょうね。

ある意味、このタッチで描けるのはここまで、ということなのかもしれません。

自分的には、こういうハッピーエンド的な終わり方と、何となくバッドエンド的な展開も一緒に予想していたので、ああ、こういうことで収めたんだな、と一応の安堵を感じている、という部分もあります。

それぞれ、自分の性的(ジェンダー的という意味で)な指向と言うか、それに素直に生きる、という方向になって、おそらくこの話はそういう風に終わるべき作品だったんだろうなと思います。

最後までいろいろ考えさせてもらったし、それ以上に楽しませていただいた作品でした。

ふみふみこ先生、最後までありがとうございました。おつかれさまでした。
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