個人的な感想です。

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アニメ「暗殺教室」24話「卒業の時間」は本当にこの作品のクライマックスを飾るにふさわしい回でした。

アニメ「暗殺教室」2期第24話「卒業の時間」を見ました。

「暗殺教室」 第2期 1 (初回限定版) [Blu-ray]
福山潤
エイベックス・ピクチャーズ
2016-03-25



「暗殺教室」、ジャンプでの連載が終わったのが3月でしたが、3ヶ月遅れでアニメも終了しようとしています。来週、6月30日深夜、7月1日未明の放送が最終回ということになりました。しかし、本当の意味で乗らすと、クライマックスは24日未明放送の第24回「卒業の時間」(日直は赤羽業)だったと言えるでしょう。

アニメ「暗殺教室」については先週も書いていますので、詳しいことはおいておきますが、今回の放送の原作に対応する回は20巻のラスト、176話「やって来た時間」と177話「卒業の時間」に当たります。
今回の構成は独特でした。短いアバンで今までを振り返り、CMのあとOP抜きでいきなり本編。そしてCMなしで、一気にEDまで突っ走りました。

今回は、内容面も描写してみようと思います。

柳沢と二代目死神を倒し、殺された茅野カエデを蘇生させた殺せんせー。茅野の蘇生に喜ぶ生徒たち。この場面の演出が原作とはちょっと違いました。

原作では死神に破られた服の間から茅野の胸が見えるのですが、アニメではそれを見せないようにし、エロい音楽と顔を赤くして目をそらす男子たち、という演出。岡島だけよだれを垂らしてて片岡メグに首をひねられるという演出。このあたり、「教育的配慮」みたいなものを感じます。それについてはまた後ろの方で書こうと思います。前原がなにげにジャージの上着を茅野にかけるフェミニストぶりも、味わい深いです。

ですが、殺せんせーはもう余力がありません。そして迫る暗殺期限。殺せんせーは生徒たちに、自分を暗殺することを促します。生徒たちの胸に去来する思い出。そして学級委員の磯貝は、生徒たちに挙手を求める。「先生を助けたいヤツ」全員挙手。「先生を殺したいヤツ」・・・全員挙手。満足げに頷く殺せんせー。

この場面は本当に感動的です。自分たちが暗殺による「絆」で結びついていることを痛いほど理解している。そして全員で先生を押さえつける生徒たち。「握る力が弱いのが心配ですけどね」と先生に言われて、生徒たちは改めて先生の触手を強く握り直す。この場面、原作を読んでいたときは割とさらっと読み飛ばしていたのですが、アニメで強調されていると、その意味を改めて感じさせられました。

どうしてもこういう場面、マンガでは単調になってしまう。みんな沈んだ雰囲気で、下を向いた子どもたちとト書きの四角の箱の中のセリフ。それを、動きのある絵と言葉で見せてくれる、こういうところはアニメの強さだなと思います。

そして、最後に「僕に殺らせて」と志願する渚。手には対先生用ナイフ。歩み寄る渚の決意と、その意志を尊重する生徒たち。渚の一年間の成長が集約された場面だと思いました。

そしてイリーナ(ビッチ先生)と烏間先生に最後の挨拶をする殺せんせー。そして最後に、「さよならだ。・・・殺せんせー」と。烏間は、殺せんせーのことを「おまえ」とか「おい」とかしか呼ばなかったわけですが、最後に「殺せんせー」と呼びかけた。生徒たちと思いを重ねた、その象徴のようなセリフでした。

そして今回の白眉の一つ、一人一人、全員の名前を読んで出欠を取る殺せんせー。原作では「カルマ君」「磯貝君」でしたが、アニメでは「赤羽カルマ君」「磯貝悠馬君」とフルネームで呼んでいて、ひとりひとりの顔をじっくりと見せる、味わい深い演出でした。

原作の名前を呼ぶ場面とほとんど同じ絵から始まるのですが、岡野ひなたの顔がよかった。そしてそのあと、原作の絵とバリエーションがつけられて行きます。渚の顔が下を向いて、暗く表情がよくわからないのがいいと思いました。

そして、渚のあと、原作のモノローグがひとりひとりの名前を呼ぶたびにはさまれて行く。よく考えられた演出だと思いました。竹林が眼鏡をおさえるのもよかった。狭間の声もいい。涙を流さない女子が続いたところで原すみれが呼ばれ、笑顔のまま返事をし、目をつぶると涙が目尻に浮かぶ。この絶妙の演出は、本当によく考えられていると思いました。そして、「幸あれ」ということば。これは読まれることがない。無言の力です。

そして、殺すに殺せず、激情に囚われてナイフを振り下ろそうとした渚を優しく触手で制し、「そんな気持ちで殺してはいけません。落ち着いて、笑顔で」という場面。ここで今までの回想が走馬灯のように浮かぶ渚の絵は、原作でも最も好きな絵の一つですが、アニメでも改めていい場面だと思いました。ここで歌が挿入されます。

「さようなら殺せんせー」「はい、さようなら」

まるで明日また会えるような挨拶。それこそが「優しさ」なんだなと思いました。

渚の突き刺すナイフの一撃で、殺せんせーの身体から光が吹き出し、光の玉(魂でしょうか)を発しながら消滅して行く殺せんせー。これは原作でもすごい場面だと思いましたが、アニメでもやはり素晴らしい場面になりました。

そして、残された殺せんせーのぼろぼろの衣服の上で、大声で泣きじゃくる渚と、生徒たち。

この「殺せんせー暗殺」の場面のために、すべてのストーリーがあった。原作者の松井優征さんも、単行本の裏の見返しにそう書いていますが、正にそういう場面でした。

原作20巻はここで終わりですが、放送ではもう少し先まで進みます。原作での178話「涙の時間」8ページ先まで進みました。桜が咲いたところで、ED。ラストは、黒板に書かれた全員の寄せ書き。その中央に書かれた卒業おめでとうの文字と、殺せんせーの絵。ここで大団円、と思うような終わり方でした。

しかし、そこですかさず次回予告。今回が最終回ではない、ということをはっきり示す意図があったのではないかと思います。これがなければ、私は「ここで終わりにしたのか」と判断するところでしたから。

そして25時間目「未来の時間」の日直は茅野カエデ&潮田渚。最後まで楽しみたいと思いました。

「暗殺教室」、以前も書きましたが、私はこの作品のアクション場面が好きだったので、アニメではそういうところがやや端折られ気味でしたし、今回の貴重な「肌色多めの場面」も、演出を変えてスルーしていたのも、少し残念ではあったのですが、このアニメの全体的な意図が、やはり「教育的」な配慮が強かった気がします。

しかし、それだけに「殺せんせーと生徒たちの絆」の面では徹底的に時間を割いて演出されていて、特に生徒たちの名前をひとりひとり呼び、その顔がアップになる場面は本当によかったと思います。

今回は神回でした。

次回最終回、楽しみにしたいと思います。
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